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京都発祥!? 元祖カラフル和菓子「金平糖」

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京都に訪れた時にはお寺や神社だけでなく、たくさんの独自スイーツを楽しむことが出来ます。宇治抹茶や京八つ橋など、その数は多岐に渡ります!

今回の記事では、実は「京都から広まった」という日本のお菓子の紹介をしたいと思います。

それがこのお菓子!!

 

カラフルスイーツ – 金平糖 –

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おそらくみなさんご存知だと思いますが、そう「金平糖」です。小さくかわいらしい形をしており、且つ、色とりどりできれいなお菓子として老若男女から愛されています。

実はこの金平糖は「京都から広まった」お菓子であったことをみなさんはご存知でしたか??

知らなかった方のために金平糖の歴史を軽く逆上ってみましょう!

 

ポルトガル生まれ、京都育ち

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ポルトガル語の「confeitos」(コンフェイトス)という語源を持つ金平糖は、約450年前の安土桃山時代に宣教師によって持ち込まれました。当初は南蛮菓子と呼ばれた非常に高価なものであり、庶民はなかなか口にできない食べ物となっていました。

 

1569年、ポルトガルの宣教師であるルイスフロイスは、京都の二条城にいた 戦国武将である織田信長を訪ねた際、「ろうそく数本とフラスコ入りの金平糖を贈った」と言われています。無類の甘党であった織田信長は金平糖を気に入り、何度も取り寄せたとも言われています。

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しかしながら、当初の金平糖は現在のようなカラフルなものでなく、白一色であった上に、とげがなく、より球体に近いものであったとされています。

 

時間とともに金平糖が日本に普及する過程の中で、金平糖職人達の間での製造競争が起こりました。その結果、現在のようなカラフルで角のある金平糖へと変化を遂げました。このようにポルトガル発のコンフェイトスは、日本人によって、日本独特の金平糖へと進化をしていったのであります。

 

金平糖好きのみなさん、もし信長が大の甘党でなかったら、もし彼があの時金平糖を気に入らなかったら、金平糖は日本で普及することはなかったかもしれませんね!

 

京都にいらした際は是非、二条城にて金平糖を食されてはいかがでしょうか…

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(二条城)